第7回「理想と現実をつなぐもの」(ゲスト:永田賢介)【後編】

 「未来の教育を語る」第7回のゲストは認定NPO法人アカツキ代表理事の永田賢介さんです。

 NPOを支援するNPOとして6年前にアカツキを立ち上げた永田さん。今回は「理想と現実」について語り合いました。(前編はこちら

㈱ビッグトゥリー

代表取締役 髙柳 希

ディスカッション好きが高じて大学時代に起業。ディスカッションを基軸とした独自の教育プログラムを開発。アカツキへは理事として参画している。

認定NPO法人アカツキ

代表理事・職員

 学生時代からボランティア活動を経てNPOのコンサルティングをおこなうアカツキを立ち上げる。団体内部のコミュニケーションを中心に様々な支援を行う他、大学の非常勤講師や行政のアドバイザー・委員なども担う。

 


理想と現実をつなぐもの

高柳:ここまで(前編で)理想と現実について話してきました。「理想と現実をつなぐもの」は何だと思いますか?

 

永田:理想と現実をつなぐのは「宣言」だと思います。

 

高柳:詳しく聞きたいです。

 

永田:以前、正直さと誠実さの違いについてある人から教わりました。

正直さは「行動に言葉を合わせること」、誠実さは「言葉に行動を合わせること」。

つまり、正直さは今自分ができていることしか言わないということです。これは確かに嘘ではないですが、現状維持とも言えます。

誠実さは今できていなくても、まず理想を宣言し、理想に追いつくように努力する。それが嘘でなくなるように、後から証明するということです。

 

たとえば、「今の世の中はお金が無ければ何もできない」という言葉は、正直かもしれませんが、僕は言いたくないです。それよりも「愛さえあれば世の中なんとか生きていける」と、子どもたちや未来の人に言いたい。言えるように誠実に努力したい。このようにして理想と現実をつなごうとしています。

 

高柳:確かに、理想と現実をつないでいますね!

私の現実と理想をつなぐものは「サボること」です。自分を許します(笑)私がこの10年、仕事を続けることができたのは適度にサボっていたからです(笑)すべてに全力を捧げていれば、理想への道は続かなかったでしょう。

 

永田:なるほど!時々、理想通りではない日があったとき、正直さでいうと嘘をついていることになりますが、誠実さの嘘にはならないですね。

 

高柳:多くの人は完璧を求めすぎていて、理想を追いかけている人はものすごく働くイメージがあります。これでは理想にはたどり着かないと思います。一緒にいる人も疲れるでしょう。「サボること」これが私の理想と現実をつなぐことです。

 

永田:「すべての人が穏やかに暮らせる社会!」をビジョンに掲げているにも関わらず、スタッフは毎日過労でクタクタの日々、という組織も少なくありません。もちろん、毎日ゆとりある仕事というのは難しいけれど、昨日は思い描いていたビジョンと違っていたけど今日はビジョンに合っている。そんな風に現実と理想を適宜チューニングし、一直線ではなく揺れながら未来に向かっていけばよいのではないでしょうか。

 

高柳:その通りですね。がむしゃらな日々に犠牲が必要という言葉を聞くことがありますが、あまり好きではありません。この考え方は理想を過度に崇高なものにしてしまいます。私はどちらかというと、理想とは自分の世界観であると思っています。そして世界観というものは、人それぞれ異なって存在するものです。

大人と子どもの関係性

ーーーさて、ここからは教育について話していきたいと思います。社会へ出る前に子どもたちは何をすればよいと思いますか?

 

永田:子ども時代、子ども自身が自分にしてあげられることはそう多くないと思います。自分一人で自分は育てられないし、自分で自分を自由にすることは難しいです。もし、他者がいなければ自分を認識することもできません。むしろ、子どもは誰かに働きかけ、働きかけられることで初めて変われるのではないでしょうか。

 

高柳:「自分のことは自分でする」と、小さい頃から自然に言われていたので少しこの話は意外でした。確かに、子ども自身が自分のためにできることは少ないですね。“社会に出る前に”といいますが、子どもも間違いなく社会の一員です。大人も子どもを社会の一員として、対等に接することが大切だと思います。なぜか中学生くらいから、「○○しろー!」と大人から命令されていましたけど(笑)。

 

永田:私が大学の講義で使っている、『世界征服は可能か?』という本に“支配の定義”があります。この定義では、支配するには言語が通じることと、知能レベルの一致が必要とあります。例えば昆虫や赤ちゃんといったものは支配することはできませんが、相手の知能レベルが上がってくると支配が可能になります。ただし可能になるにしても中学生では能力的には愕然とした差があります。つまり大人はその差を利用して中学生を支配しているのですね。

 

高柳:大人は青少年に対して“〇〇しなさい”という言葉が多い気がします。

 

永田:多くの場面で親、大人から子どもに対して「話す」ことが第一にありますね。これが私は逆だと感じます。つまり、大人が子どもにもっと「聞く」「問いかける」方が良いのではないかと。コンサルティングの仕事でも、アドバイスをするより質問したり徹底して聞いたりする方が、結果的に物事が整理され、考えが深まることが多いです。

 

高柳:仮にアドバイスをされる場合でも、十分聞いてもらった上での方が、納得感が高まりますね。

 

永田:ただ、世間ではプレゼンテーション能力が重視されているのか、学校でも朝礼で今日の一言を発表するとか、話すスタイルが主体です。もっと“聞く”を主体にする時間があってもいいですね。

 

高柳:確かにそれは一理ありますね。これは先程の子どもへの支配の話にもつながますが、圧倒的に聞いてもらえない子ども時代も影響しているのかなと思います。実際、学生と接していると満足なアウトプットができていないように感じます。大人のほうが子どもたちの話をもっと聞いてほしいです。話すことに満足した瞬間、相手への興味関心が高まり、聞く姿勢が生まれます。

 

永田:今の教育現場では、子どもが大人の話を聞く、または聞かされることの方が多く、大人が子どもに聞くという動作をさせていません。大人がもっと子どもの声を聞くことが必要だと思うのですが、学校では忙しく、そうしたくでもできない実態もありそうですね。

 

高柳:私は学生に“誰に言ったか”ではなくて“何を言ったか”にフォーカスをしてコミュニケーションを取ればいいというようなことを話します。とはいえ、親や学校に支配されている環境下では内容を優先することは難しいですから、友人のこどもに対してでも、何歳であっても「あなたはどう思う?」と意見を聞きたいですね。

 

永田:大人でも「あなたは?」と意見を聞くとビッグリされることがありますよね。例えばイベント終了後に参加者の人数や成果は答えられても、自分の感想は答えられない人に会ったことがありました。これは会社組織などで社長が求めていることやデータだけが重要で、個々の意見は普段から求められていないことが多いからだと想像します。言い換えると自分の意見を聞いてもらえなかった環境が、自分の意見を失ってしまう状態を生み出したということです。そうするときいてくれる人に出会った際混乱してしまい、答えられないことになります。

 

高柳:立派な意見を言うとか、相手に認められる意見を言う意識が少なからずあると思います。

 

発言を否定されない場所

ーーー最後に、Dコートについて一言いただいてもよろしいですか?

 

永田:大げさと思われるかもしれませんが、Dコートは「基本的人権を担保する場所」だと思います。自分の考えを聞いてもらうことができる。自分の発言を否定されない場所という意味です。それは、本来私たちが人として誰もが尊重されるべき権利ですが、子どもたちに担保される場所は実は貴重です。だからこそ、Dコートの存在をとても大切なものだと思っています。

 

高柳:ありがとうございました。

 


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